トップ - もくじ - No.81〜100 - 個別の話96


勤労意欲




 ある日曜の朝、寝ていたら突然ベッドに振り落とされた。

 まだ寝ぼけていたので、自分の寝相が悪くて転がり落ちたのかと思ってよじ登ると、ベッドが怒鳴った。
「寝るな! サボるな!」
 震えたり波打ったりして、横になるのを阻止しようとする。

「休みなんだから、もう少し寝かせてくれよ……」
「いいや、もう我慢できん。俺は勤勉なんだ。なんだってサボり野郎をぐうすか寝せにゃあならんのだ」
 ベッドはがたがたと木枠を鳴らして、そんなことをわめいた。

 ひどい言われようだ。
 先週はずっと残業続きで帰って来れず、ビジネスホテルで仮眠して出勤していたというのに。しばらく使わなかったせいか、道具の分際で変な自我が目覚めてしまったらしい。

「この勤勉な俺さまの上で休むなんぞ言語道断。働け!」
「じゃあベッドであるところのお前を、なんに使えっていうんだ」
「テーブルとか、パソコンデスクとか。あるだろう、仕事が」
 まあ確かにスプリングも綿も入っていない、ただの折りたたみ式板ベッドだけどさ……。

「判った判った。じゃあ部屋の模様替えをするから、あとでちょっと外に出すぞ」
 そしてとりあえずその場はたたんで壁に立てかけておき――。

 火曜の粗大ゴミの日に捨てた。

 当然だ。
 俺は疲れているし、うちのアパートは狭いのだ。いちいち使いかたに注文をつけるベッドをテーブルにするようなユーモア精神も、空間的余裕もない。

 だいたいにおいて“勤勉なベッド”の仕事とは、人をゆっくり寝せることのはずではないか!

 たぶんあいつ、数日楽をしたせいで、俺を乗せてじっとしているのが嫌になったんだな……。