トップ - もくじ - No.41〜60 - 個別の話47


煎じ薬




 仲間と飲み屋でしゃべっているうちに、その中の一人の金遣いの荒さの話題になった。
 さんざんみんなでこき下ろしたあげく、誰かがけちで有名な友人の名を挙げた。
「お前はあいつの爪の垢でも煎じて飲んだほうがいいんじゃないか」

 するとすっかりむかっ腹を立てていた彼は、「じゃあそうする」と憤然と席を立って出て行った。あとで聞いたところ、本当に爪の垢をもらいに行って、その場でお茶に混ぜて飲んだらしい。

 そしてそれ以来、彼は全く無駄遣いをしない男になった。

 遊びや飲みに誘っても、絶対に乗ってこない。湯水のように金を注ぎ込んでいた、鉄道模型集めの趣味さえもやめてしまった。
 彼を捕まえて尋ねると、自分でも首を傾げていた。
「なんだか判らないけど、金を使う気がなくなった」
 本当に爪の垢が効いてしまったのだろうか。

 ううむ。
 侮り難し、民間療法。

 とは言え、実はあの時集まった人間は、みんな後悔している。

 いつも飲み代の半分は、彼が持ってくれていたのだが……。