出張先での仕事が一段落ついた夜、街に飲みに行くことにした。 繁華街から一本わきに入った路地裏をぶらぶらして、適当な店の暖簾をくぐる。いかにも大人の隠れ家といった雰囲気の、こぢんまりとした和風居酒屋だ。
「いらっしゃい、なんにします?」 カウンターに座ってすぐ、お通しと共にお品書きを渡された。開いてみると、お決まりの樽生ビールに始まり、各地の地酒と本格焼酎がずらりと並んでいる。なかなかの品揃えだ。
だが綴りをめくったりひっくり返したりしてどこを見ても、フードメニューが載っていない。店内を見回したが、黒板などに書き出してあるわけでもない。 「とりあえず生ビールと……ええと、つまみはないの?」 「ありますよ。うちはお客さん本位の店でして。食べたいものがあれば、なんでもお作りします」 「ふうん。じゃあ枝豆と焼き鳥」 「はい」
それから冷や奴や刺身をつまみに飲み進んでいったが、珍しい酒も多くてあれこれ手を出すうちに、だんだんと酔いが回ってきた。いい気分になって調子に乗ってきたこともあり、ふとふざけて店主に訊いてみた。
「なんでも作るって言ってたけど。人魂の天ぷらとかできるの?」
「はい、お待ちください」 店主は快く頷いて厨房へと入っていった。
おお……?
五分ほどして、店主は卵に衣をつけて揚げたような天ぷらを皿に載せて戻ってきた。私の目の前に置き、にこやかに言う。
「お待たせしました。柚子こしょうでどうぞ。今日はいいのが入ったから、おいしいですよ!」 「あの、これ……」 「ささ、熱いうちにどうぞ!」
仕方なく、言われたとおりに柚子こしょうをつけてかじってみた。 衣のかりっとした歯ざわりに百合根のようなほっこりとした食感が続き、中心は熱々とろ〜りの半生だ。チーズと白子を足したような濃厚な味わいで、嫌な臭みはまったくなくて甘みもある。
うまい。
「たまに踊り食いしたいなんてお客さんもいますけど、やっぱり人魂は天ぷらが一番ですよ。お客さん、通ですねえ」 「はあ……」
会計を済ませて店を出るとき、別の客の注文が聞こえた。
「尻子玉ある?」 「もちろんですとも。河童淵で仕入れた、抜きたてほやほやですよ! きゅうりと和えますか?」
……妖怪居酒屋……? |