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いぬ物語、あるいはうちにペットが来た理由




 最近、なんとなく調子がすっきりしない。
 どこがどう悪いというわけではないのだが、ここしばらく忙しさにかまけて健康診断もさぼり続けていたのも確かだ。この際、徹底的に調べてもらおうと思い、病院に行って申し込んだ。
「ではこちらに横になってください」
 言われるままベッドに寝ると、注射を打たれて意識が遠のき――。

 犬にされてしまった。

 どうやら申し込みの書類を間違えて、人間ドックではなく人間ドッグと書いてしまったようだ。
 実はこの町は動物人間特区として認められており、人間が動物になったり動物が人間になったりすることが許可されているのだ。

 犬になった自分は、ロング毛のミニチュアダックスだ。毛色はブラック&タン。なかなかかわいくて、特につぶらな瞳が愛らしい。
 いや、そんなことはどうでもいいけど。うわー参ったなあ……。

 病院に抗議しようとしたが、喋ろうとしても犬なので吠えるかうなることしかできない。困り果てて病院内をうろうろしていたら、声をかけられた。
「どうしました?」
 見上げると、大人しそうな顔つきをした男性が上から覗き込んでいる。
 天の助けだ。なんとかしてこの窮状を訴えようと口を開いたが、やはり出たのは鼻にかかった悲しげなうなり声だけだった。

 ところが男性は、聞き終えると私を抱き上げてまっすぐ受付に向かった。
「このかた、人間に戻りたいそうですよ」
 彼は続けて言った。
「あとぼく、犬に戻りたいんですが……」

 けっきょく、彼がすべて手続きをしてくれて、人間に戻ることができた。
 やれやれ。

 入れ違いに手術に向かうドッグ人間にお礼を言うと、彼は「どういたしまして」と穏やかな調子で言った。
「実は飼い主のおじいさんに人間にしてもらったんですが、先日亡くなってしまったんです。それで、ぼくはやっぱり犬のほうがいいので……」
「そうか……。犬に戻ってから、もし行くあてがなかったらうちに来るといいよ」
「ありがとうございます。そうしてもらえると嬉しいです」

 そして今、わが家には大人しくて賢いスパニエル犬がいるのである。