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影との戦い




 天気がいい日に公園のベンチでランチにサンドイッチを食べていたら、影に羨ましがられた。

「いいなあ。いつもおいしそうなもの食べれて」
「おいしそうなもの?」
「その色彩豊かなBLTサンドだよ! ベーコンの茶、レタスの緑、トマトの赤、そしてそれらをふんわり内包する食パンの白! それに較べてこっちは真っ黒で味気ないったらありゃしない」

 俺の影ってけっこう詩人なんだな。

「だってお前は影なんだから、仕方ないだろ」
「そんなこと言わないで、ちょっとだけ分けてくれよ」

 しつこくせがんでくるので、サンドイッチを一かけらちぎって地面に置いた。サンドイッチは吸い込まれるように影の闇に消えた。
「うまーい。味が一緒でも色が付いてると全然違うよ」

 以来、影は何かにつけて食べ物をねだってくるようになった。

「もう一口」
「あとちょっと」
「これっぽっちじゃ足りない」
「半分くれたっていいじゃないか……」

 だんだん要求がエスカレートしてくる上に、最近はなんとなく影に色がついてきたような気がする。いや、それとも俺の身体の密度が薄くなって光が透過しているのか……?
 まずいなあ。
 こんなことを繰り返してたら、影に身体を奪われてしまうかもしれない。それともこいつ、最初からそのつもりの作戦だったのだろうか。
 ある日の昼飯時、韓国屋台で買ったトッポッキを分けてやりながら、直接影に訊いてみた。

「お前、俺を乗っ取る気なのか?」
「えっ。なんで? 自分で動くのなんかめんどくさいよ」
 ところが、影は心底意外そうに訊き返してきた。真っ赤なチリソースで和えてあるトッポッキを、がつがつ平らげながら言う。

「そんなことより、こんどカキ氷食べたいな。前からあの綺麗な青や赤の氷を食べてみたかったんだ。小倉はやだよ。黒いのなんてまっぴらごめんだからな。あー、これ甘辛くてうまーい。やっぱり唐辛子味は赤くなくっちゃね。もっとくれよう」

 ……ただの食いしん坊だったらしい。
 まあ、しょせん俺の影だしな……。

 交渉と説得の結果、「分けてやるのは多くても一日一回、量は四分の一以下。合成着色料は控えめに」ということで収まった。

 その後は、俺と影の関係はおおむね良好に推移している。
 ただ気に入らないことがないわけではない。

 影に分けてやるためには、料理を少し取り分けて地面に置いてやらなければならない。
 それがどうも周囲から、「食事中に食べ物をやたらとこぼす、行儀の悪い奴」と見られているらしいことだ……。


<タイトル拝借>『影との戦い(ゲド戦記1)』 アーシュラ・K・ル=グウィン