トップ - もくじ - No.181〜200 - 個別の話189


さかさカサ




 私の傘はちょっとおかしい。
 普段は簡単に開けるのに、雨が降るとなぜかどうやっても開かなくなってしまうのだ。

 なんとも役立たずな傘なのだが、これは父の日のプレゼントにと、遠くに住む娘がアンティークショップで探して贈ってくれた品だった。シャフトはマホガニー製、ハンドル部分には螺鈿細工が施してある高級品で、確かに作りはいい。「絶対に使ってね。指きりげんまん!」と念を押された品でもあり、傘立ての主にしておくのも申しわけない。
 同僚に話してみたら、「何かの呪いにでもかかっているんじゃないか」と言われた。そんな馬鹿なとも思ったが、どうにも困っていたこともあり、紹介された占い師に見てもらうことにした。

 持ち込んだ傘を一目見るなり、その占い婆は断言した。

「ああ、これは呪いじゃなくて、わがままな傘なんだねえ。雨で濡れるのが嫌なんだよ」
「そんな。傘のくせに。じゃあ使えないってことですか」
「いやいや、反対さ。ちょっと手を加えれば長く使える上等な品だよ。私が知り合いに頼んであげよう」

 数日後、占い師から「仕上がった」と連絡が来た。

 篠突く雨の中、百円ショップで買ったビニール傘を差して引き取りに行くと、例の傘はすっかり様変わりしていた。布地部分が光沢のあるローズピンクのサテン地に張り替えられ、しかもごてごてと飾りつけられている。ハンドルには指輪らしき装飾品まではめられているではないか。

 うわ。
 すごい、ど派手……。

 妙にだぶだぶした傘を開いてみると、スパンコールを散らした布地は、ゆったりとしたドレープが幾重にもつままれていた。さらに、ふちどりに繊細なレース編みのフリルまで縫い付けられている。
 貴婦人の夜会用ドレスもかくやといった趣だ。

「な、なんですか、これは」
「この傘は目立ちたがりだから、めいっぱい飾りたててやったのさ。これで雨の日も使えるはずだよ」
「これじゃあ、よけいに濡れるのを嫌がるんじゃないですか」
「まあ使ってみれば判るよ。ちょうど今日は雨だし、帰りに差してみな」

 外に出ると、相変わらずの激しい雨足だった。今までのあの傘のパターンだと、のり付けされたように固まって開かない状況だ。
 だが試してみると今回は違った。
 まるでワンタッチ傘のように、驚くほどすんなりと開くことができた。ほとんど自発的とも言えるスムーズさだ。

 そして差したとたん、占い師の言っていた意味が判った。

 雨が傘を避けていくのだ。
 傘の上にもう一つ透明なガラスのドームでもあるかのように、雨糸が左右に分かれて落ちていく。
 どうもこの傘、濡れるのは相変わらず嫌だが、それ以上に華やかに着飾った自分を周囲に見せびらかしたい気持ちが強いらしい。かなりの本降りだったにも関わらず、靴もほとんど濡らさずに家に帰ることができた。

 以来、土砂降りや横なぐりの雨のときは、恥を忍んでこの傘のお世話になっている。娘との約束もあるが、何よりこの便利さは捨てがたい。

 もしあなたが、大雨の日にローズピンクでフリルフリフリなゴスロリ調の傘を持つサラリーマンを見かけたら。
 それは趣味の行き過ぎたアキバ系中年ではなく。
 私、かもしれない……。