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無礼講




 仕事納めの日の帰り、急に友人から声がかかって忘年会に飛び入りで参加することになった。
 教えられた場所に着くと、そこは小さな飲み屋だった。一軒貸し切っての大宴会らしい。

 突然の呼び出しということで、いつも通り車で出勤していたので、残念ながら酒は飲めない。烏龍茶やジュースを片手にひたすら料理をつつく。
 だが当然の成り行きながら、そのうちみんなの酒が進んでくると、素面ではついていけなくなってきた。

 誰も彼もが大声で話し、意味もなく笑ったかと思えば怒りだす。とにかく、めちゃくちゃな大盛り上がりだ。端っこのほうに移動して、酒池肉林呵々大笑喧々諤々空前絶後阿鼻叫喚の世界を眺める。
 みんなの弾けっぷりを観察するのもそれなりには面白いが、見ているだけではやはり間が持たないのも事実だ。やがて壁の花でいるのも飽きてしまったので、一度外の空気を吸いに行くことにした。

 店のサンダルをつっかけて外に出ると、乳白色の世界が広がっていた。いつの間にか霧が出ていたようだ。視界が全く利かず、周囲のビルの明かりさえも見えない。どちらを見ても、ただひたすらのっぺりとした白があるだけだ。

 これ、本当に霧なのか……?

 右も左も判らない光景の中で茫然と立ちすくんでいると、背後から声がかかった。

「お客さん、お戻りください」

 振り向くと、店の入口で店員が手招きしていた。建物は見えず、白の中にただ暖簾のかかった入口だけが浮かび上がっている。
 言われるままに引き返すと、店員は引き戸をぴしゃりと閉めた。彼は頭を下げて言った。

「どうもあいすみません。あまりに盛り上がっておられるので、ちょっと周辺に配慮しておりまして……。お帰りになるころには、ええ、はい」

 座敷に戻ると、宴もたけなわで相変わらずのどんちゃん騒ぎの真っ最中だった。腹をくくって馬鹿騒ぎに加わったが、違和感がずっと引っ掛かっていた。先刻、入口からの逆光に浮かび上がった彼の影に、尖った耳と尻尾があったように見えたが……。
 酒の匂いで酔ったかなあ。

 どうしても気になって、帰りにそっと訊いてみた。

「狐? 猫?」

 店員は目をきらりと光らせて笑い、頭を深々と下げて言った。
「またのお越しをお待ちしております」