トップ - もくじ - No.81〜100 - 個別の話93


人種のるつぼ




 出張先が大学時代の友人が住んでいる町に近かったので、久々に会うことにした。
 約束の場所に現れた友人は、以前よりもちょっとやつれたようだ。小学校で教師をしていると聞いたので、学校での苦労を訊いてみた。

「いや、まず名前がね……」

「最近は当て字みたいな漢字で読めないっていうもんなあ」
「それより宇宙人とか異世界人とか妖怪がさあ。会話は翻訳機でなんとかなるんだけど、名前は固有名詞だろ? まず読めなくて、発音も難しいし。やんなっちゃうよ」
 彼は鞄からホチキスで留めた資料の束を取り出した。

「見ろよ」
「うわー、なんだこりゃ」

 それは各国のアルファベット変換表だった。銀河標準語、アーヴ語、マブラホーリング語、ハード語、シン=エイ=イン語など、見たこともない文字と対応する発音記号が並んでいる。

「うちのクラスだけで十五種類も必要なんだぜ」

 彼は憂鬱そうに言った。
「それで授業参観なんかでうっかり名前を読み違えると、“息子の本質を改変する気か”なんて怒られたりしてさあ。もうやめたいよ」

 教師って大変だな……。

 彼と別れてから、腹が減ったのでその辺のラーメン屋に入ってみた。
 店内では、人間や宇宙人や妖怪や怪獣が同じカウンターに並んで座り、ラーメンをすすっている。国際都市ならではの光景だ。
 注文したラーメンを待っているとき、三つ向こうの席にいた六本腕の巨人がコショウを吸いこんでくしゃみをした。

 どどん!

 衝撃波が発生して、どんぶりが木っ端微塵に砕け散る。

 だが驚いているのは自分だけだった。
 両隣の客が嫌そうに自分のどんぶりを横にずらしたぐらいで、ほかの客は振り向きもしない。
「お客さん、気をつけてくださいよ」
 店員が出てきて慣れた様子で呪文を唱えると、どんぶりの残骸や飛び散った中身が溶けるように消え失せた。

 ……田舎者にはちょっと刺激が強すぎるなあ。

 都会に就職した友人を羨んだ時期もあったけど、自分は地元で堅実に生きよう。


◆文中に登場した言語(出典)
 ・アーヴ語…『星界の紋章』(星界シリーズ) 森岡 浩之/ハヤカワ文庫JA
 ・ハード語…『ゲド戦記』 アーシュラ・K・ル・グゥイン/岩波書店
 ・シン=エイ=イン語…『女神の誓い』他 マーセデス・ラッキー/創元推理文庫
 ・マブラホーリング語…『地獄に堕ちた者ディルヴィシュ』 ロジャー・ゼラズニイ/創元推理文庫