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趣味悠々/流行最前線




「よう、奇遇だな! 元気か?」

 街で知らない人に声をかけられた――と思ったら、友人だった。
 先週会ったばかりなのに、髪型や服装がまるっきり違っていて判らなかったのだ。

 実は先週もその前も会っていたのだが、そのときも彼だとはすぐには気付かなかった。
 ここ最近、彼は会うたびに違うスタイルをしているのだ。
 以前は海外にまで出かけて、夏はおろか一年の全てを大好きなサーフィンに捧げていたのに、今は流行ばかり追いかけて生活しているらしい。

「お前、もうサーフィンはやらないのか?」
 毎回あまりに変わるので、この友人が本当に自分の知っている人物なのかよく判らなくなってきた。尋ねると、彼はこれだけは変わらぬ明るい声音で応えた。

「いや、今も続けてるよ。波乗りは俺のライフワークだぜ」

 ばっちり完璧に美白した、シミ一つない彼の顔を見る限り、とても海に行っているようには見えないが……。

「波って言っても海じゃない。流行の波さ」

 こちらの言いたいことに気付いた友人は付け足した。
「これがけっこう難しくて、スリリングなんだよ! 波に乗り損ねたときの寒さったらないぜ。うっかり流行遅れの格好でコンパなんか行ってみろ。まあみんなの視線の寒いこと! 海洋深層水の冷たさ並みだよ」

 そして彼は「もうすぐ新しいビッグウェーブが来そうなんだ。波の立ち上がりを見逃さないようにしないと」と言って、ファッション雑誌をチェックすべく書店へと消えていった。

 っていうか、海洋深層水の冷たさ並みの寒さって……。

 いくらあいつでもそこまで沈んだことはなかろうに。
 それともあれも流行語的表現なのか?