トップ - もくじ - No.221〜240 - 個別の話226


あけましておめでとう




 元旦。新しい一年の始まりだ。

 正月に最初にすることと言えば、もちろんあれだ。

 俺は押し入れから、年明けに開けるおめでたい箱を取り出した。一年ぶんのほこりを払い、きれいに拭き清め、こたつの上に平行を合わせてきちんと置く。
 厳粛な気持ちで手を合わせ、ひとつ深呼吸。
 そっとふたを開けると――。

 ぱん! ばばばばん! どーんぱんぱん!
 どかーん! ばりばりばばばばばば!

 凄まじい音の嵐が箱からあふれ、煙と共に部屋に満ちた。
 うわあ、なんだこれ?
 たまらず、家を飛び出した。家の前の通りに出たが、甲高い爆発音が外まで響き渡っている。ひどい近所迷惑だ。

 案の定、音を聞きつけた隣家の住人が外に出てきた。

「やあ、あけましておめでとう。あけおめ箱を開けましたか。すごい音だね」

 年明けに開けるおめでたい箱。
 略して明け開けおめ箱。
 通称あけおめ箱だ。

「あけましておめでとうございます。うるさくてすいません。こんなの初めてですよ……。一体なんなんでしょうね」
「ああ、一回当たったことがあるよ。中国系の正月だな。これはこれでめでたいからいいんじゃないの」

 なるほど、爆竹と花火の音か。あちらの正月に当たる春節は、爆竹をやたらめったら鳴らして祝うと聞いたことがある。

「おたくはどうでしたか」
「うちは富士山。せっかくだから頂上に行ってきましたが、いやあ寒かった」
「へえ、それは縁起がいいですね」

 話している間も爆竹の音は止まらない。近所の他の家の住人も次々と出てきた。

「あけましておめでとうございます。にぎやかな正月ですな。うちなんか白ネズミが走り出てきました。干支とは言えびっくりしましたねえ」
「あけましておめでとう! うちは八幡大菩薩。さっそく初詣したよ。ご利益がありそうだ」
「あけましておめでとう。開けたらご来光が入っててさ。目が潰れるかと思った」

 ひとしきりあいさつを交わしてから戻ると、家じゅうに火薬の匂いと煙が充満していた。
 居間では、あけおめ箱は相変わらず耳を聾するような爆発音を撒き散らしている。我慢できずにふたを手に取ったが、その前にふと気が向いて箱に顔を突っ込んでみた。

 煙る視界の向こうで、長いハリボテのドラゴンや獅子が舞い踊り、賑やかな新年の祭りが繰り広げられていた。

 うん。確かに、これはこれでめでたい。

 箱にふたをすると、音も喧騒も煙も一瞬のうちにかき消えた。
 もう一度開けたとしても、もはやそれはただの空っぽの重箱にすぎない。開けましておめでとうは年に一回の行事なのである。

 俺はあけおめ箱を再び押し入れの奥にしまった。今回の年末年始はとくに予定がないので、これから清く正しい寝正月を過ごすのだ。
 雑煮とおせちとみかんを用意し、こたつに潜りこんでリモコンでテレビを点ける。するとちょうど映ったキャスターが、こちらを向いて新年のあいさつを述べた。
 俺も思わずぺこりと頭を下げて、テレビにあいさつを返す。

 あけましておめでとうございます。
 今年もよろしくお願いします。よい一年になりますように。