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夜の国




 飲まないつもりで車で行った忘年会で、つい勧められるままに生ビールを一杯やってしまった。

 けっきょく会はさほどの盛り上がりもないまま、その日のうちに終了。
 だから飲まないつもりだったのに……。

 ビール一杯とは言え、最近は飲酒運転の罰則が厳しいからなあ。
 忘年会シーズンが終わったら年明けからは新年会と、宴会続きで出費も重なる時期だ。夜間割増しだの冬期割増しだので余計にかかるタクシーや運転代行を使うのも馬鹿馬鹿しい。仕方なく24時間営業のインターネットカフェで仮眠して、翌日の午前3時ごろに外に出た。

 冬の底冷えする空気が、ちりちりと肌を刺す。冷気を肺に取り込んで眠気を払い、車を停めておいた立体駐車場に向かった。

 深夜の駐車場内は、人気もなく静まり返っていた。
 革靴を履いた自分の足音が、やけに高く反響する。不規則に明滅する切れかけた蛍光灯の明かりを頼りに車を探し出して、エンジンをかけた。
 暖気する間に一服してから出口に向かい、駐車カードを機械に差す。

 すると、料金を示すパネルに見たこともない奇妙な文字が4つ並んだ。

 あれ。

 とりあえず千円札を入れてみたが、戻ってきてしまう。
 やっぱり壊れてるのか?

 仕方なく、人を呼ぶボタンを押すと、すぐにスタッフがやってきた。

「やあ、これはすいません。すぐに切り替えますんで」

 彼は人当たりのよさそうな穏やかな調子で言った。鍵を取り出し、精算機を開けてがちゃがちゃといじり始める。
 少しして、電子音とともに表示が切り替わった。

「八百円ですね」
「さっき千円札が使えなかったんですけど」
「もう大丈夫ですよ。深夜料金設定は解除しましたから」

 彼は私が差し出した千円札を受け取り、投入口に入れた。すると札は今度は機械の中にすんなりと飲み込まれた。

『ご利用ありがとうございました』

 スピーカーから無機質な女性の声が流れ、出庫口のバーが上がる。
 少ししてちゃりんちゃりんと百円玉が二枚転がり出た。

「はい、どうぞ」
 彼はお釣りを取り出し、私に寄越してにっこりと笑った。

 ――刹那、えらく長い、鋭く尖った犬歯がちらりとのぞく。
 お釣りを受け取るときに触れた彼の指先は、氷点下の外気よりなお冷たかった。

「……あの」

「はい?」
「いや……。じゃ、どうも……」
「ご利用ありがとうございました」

 人間味のあるやわらかい声と冷たい外気を遮るように窓を閉める。
 車を出し、明かりの消えた建物が並ぶ街路を抜けて国道に出た。国道とは言っても、田舎の生活道路だ。この時間では対向車の姿もほとんど見られない。

 ――まだ往魔が刻、か。

 闇に沈む国道を走りながら、思った。

 しかし夜の街に巣食う魔物はともかく……。

 最近は魔物も車で移動して、有料駐車場を使う時代になったのだなあ。