トップ - もくじ - No.201〜220 - 個別の話213


悪魔の囁きは白く丸く




 インスタントラーメンの麺をお湯に投入した直後、生卵を切らしてしまっていることに気がついた。

 なんてことだ。
 卵の入っていないインスタントラーメンなんて、クリープのないコーヒーよりたちが悪いではないか。途中で黄身を割って麺にからめて食べるのが俺的なインスタントラーメンの醍醐味なのだ。

 麺は三分で茹で上がってしまう。
 買いに行く暇はない。
 どうすればいいんだ。

 おろおろしていると、悪魔が俺の耳元で囁いた。

『魂と引き換えに、お前の望みを叶えてやってもいいぞ……』

「頼む! 卵だ、生卵!」

 すると、調理台の上に卵がころんと一個現れた。

 ああ!
 たかが一個の鶏卵が、かつてこれほどまでに美しく見えたことがあるだろうか。優美な曲線を描く涙形のそれは、さながら巨大な白オパール。触れることすらはばかられる、果てしなく貴重な白い宝石だ。

 などと馬鹿なことを考えている場合ではない。
 茹で上がりまで残り一分。大急ぎで卵を鍋に割り入れる。

 一分後、卵入り醤油ラーメンが完成した。

 ふう。
 間に合った。

 やっぱりラーメンには卵だね。
 食べ終わって至福のげっぷをもらしたとき、悪魔が再び現れた。

『約束通り、魂をいただくぞ……』

「うん、まあしょうがないなあ」

 こうして、「卵一個のために悪魔に魂を売り渡した男」の都市伝説が、ここに誕生したのである。