写真コンテストに応募するために、とある有名な一本桜の写真を撮ろうと、仕事を休んで泊りがけで出かけた。
気合は充分、機材は完璧、天気も最高――。 だが肝心の桜が咲いていなかった。 ここ数日肌寒かったので、開花が数日遅れてしまったのだ。
がっかりしたが、明日はもう帰らなければならない。 せめて思い出だけでも作っておこうと、機材をセットして写真を撮ることにした。通りすがりの人の憐れむような視線を感じたし、若干のむなしさもあったが、何もしないで帰るのも悔しい。こうなったら徹底的にやってやるのだ。 水平を測り、丘と空と桜の割合をじっくり考えてアングルを決め、無駄を省いた最適な構図を探り、露出と絞りを段階的に変えて、早朝から日暮れまで時間をかけて何枚も撮影する。
こうして撮った五本ほどのフィルムを帰ってから現像に出したら、不思議なことが起こった。 撮りまくった中に一枚だけ、満開の桜が写った写真があったのだ。 前後の写真は完全なつぼみ状態だったので、光の加減による錯覚などではありえない。丘の上で夕日を浴び、鮮やかさを増した桜が咲き誇る堂々たる古木――。 時間帯が作り出した色合いと露出が噛み合った見事な一枚だ。恐らく撮った“花なし桜写真”の中でも、最高の出来だったに違いない。 咲いていてほしいという執念で念写してしまったのか、馬鹿馬鹿しいまでの真剣さに桜の樹の精がおまけしてくれたのか。
完璧な一枚は手に入った。
でも、さすがにこれはコンテストには出せないなあ。
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