秋も深まったある日、都会に住む友人から電話がかかってきた。 「よう。今週末そっちに行こうと思っているんだが。紅葉の具合はどうだい?」 彼は写真を撮るのが趣味で、コンテストで入賞したりもする、玄人はだしの腕前なのだ。 「今日、不知火渓谷に行ってきたけど、ちょうど見ごろだったよ。週末ならまだ大丈夫じゃないかな」 「じゃあ、行く」
ところが、金曜日の夜に気圧の谷が通って大風が吹いた。この季節にはよくあることだが、残念ながらせっかくの紅葉した樹木は全部葉が吹き飛ばされてしまった。
やって来た友人は、ひどくがっかりした。 「くそー。運が悪いなあ」 「うーん、今年は特に綺麗だったからなあ。綺麗な年っていつもこうなんだよ。噂じゃ、神様が紅葉狩りをするために、色付きのいいところの葉を天に掻っ攫ってるって話だけどな」 「なに!? 神様のくせに独り占めかよ! じゃあ、天国に行けばいいのか?」 「……いや、それはどうだ……?」 「いいや行く!」
友人はすぐに電話帳を調べてタクシーを呼んだ。そしてタクシーがやって来ると、愛用のごついカメラバッグを担いで乗り込む。 ドアが閉まる直前、「天国!」と行き先を告げるのが聞こえた。
タクシーは走り去った。
けっきょく、そのまま友人は日曜になっても戻ってこなかった。
まさか死んで神の御許に行ったわけでもあるまいが……。 心配になって、日曜の夜に彼の携帯に電話をかけてみた。 すると、すぐにいつもの元気そうな声が応えた。 「おう、お前か。悪い悪い」 なんでも撮影に熱中してしまって遅くなったので、直接自宅に帰ったのだという。 ということは、本当に天国に行ってきたのだろうか。
なんとなく訊きそびれてしまったが、一週間ほどして額に入った写真が一枚送られてきた。
雲ひとつない青空の下にそびえる一本の巨樹。 ――いや、雲はある。 その樹は、雲の大地に根を下ろしているのだ。 そして巨樹を彩る、赤、黄、橙…… 燃え立つような鮮やかさの紅葉。
見とれていると、彼から電話が来た。 「どうだ、なかなかいいだろ」 「すごい写真だよ。本当に行ったんだな! 何かのコンクールに出すのか?」 「いや、これじゃ出せないよ。神様に場所は教えるなって釘刺されたし、このまま出したら合成写真と思われちまう」
……確かに、雲の上に樹が生えているのもおかしいが、その樹の葉に到っては、形も色もばらばらだ。 恐らく、不知火渓谷の全樹木の葉がこの巨樹に付いているのだろう。 しかし誰がなんと言おうと、これは友人の執念と腕前が写しだした奇跡の一枚だ。ありがたくいただいて、自分の家の一番いい場所に飾ることにした。
それにしてもタクシーって、どこにでも連れてってくれるんだなあ。 |