トップ - もくじ - No.101〜120 - 個別の話111


波乱なし




 雨上がりの爽やかな空気に誘われてぶらぶら散歩していたら、クモの宮殿を発見した。かの有名な蜘蛛の王“九本足ドルフォリ”が配下の蜘蛛一億匹の糸を織り上げて造った、スパイダーウェブ・キャッスルだ。

 雨滴を宿した城は、陽光を受けて宝石のように輝いている。荘厳な美しさに見惚れながら、ふらりと城内に入った。

 だが粘着質の糸はどうにも歩きにくい。
 しばらく歩いたところで、べたつく床に足を取られてバランスを崩した。うっかり壁に手をついたら手もくっつく。
 そのまま転んで立ち上がろうとするうちに、すっかり雁字搦めになってしまった。

 もがいても暴れても動けずに疲れ果てたころ、無数の配下を従えた蜘蛛の王ドルフォリが登場した。八本の足を動かして、ねばつく糸の回廊を軽やかに渡ってくる。
 彼の目はぎらぎらと輝き、鋭い牙の並ぶ口許には残忍な微笑みが浮かんでいた。彼の「九本目の足」と言われる禍々しい毒針から紫色の毒液が滴り、糸を伝ってこちらに迫ってくる。

 毒液の酸に侵蝕されると、鴉の濡れ羽色が自慢だった翅(はね)が煙を上げながらぼろぼろと崩れていった。
 そして灼けつくような痛みと共に視界が閉ざされ、意識が遠のていく。

 ……どうして、こんなところに来ちゃったんだろうな……。