ある日、友達の知り合いだという男が泣きついてきた。ライバルに営業成績で負けたのが悔しくて、次の勝負は悪魔に魂を売ってでもいいから勝ちたいという。
本人がいいと言うので、とりあえず悪魔を召喚してみた。
ほどなく魔方陣の中にねじくれた角を生やした魔物が、派手な煙を噴き上げながら現れる。
事情を説明すると、悪魔は「まあ、できなくもないけどっていうか、できるけど」といまいち歯切れ悪く応えた。男のほうを見て妙に親身な様子で言う。
「本当にいいの? 一生ものだよ」
そして契約に関わる事項を並べ立て始めた。
いわく、契約が履行されると魂は即座に魔界の管理下に移行される。肉体は脱け殻となって生命力を喪い、数年程度で崩れて土に還る。魂は魔物の気分によって喰われたり引き裂かれたりして、やはり遅くとも数年以内に消滅する。その際尋常ならぬ苦痛が伴う――。
聞くうちに男の貌はどんどん青ざめていき、ついには突然「もういいですぅ〜」とか叫んで逃げていってしまった。
呼び出させておいて、なんと無責任な。
これでは召喚者がとばっちりを食うではないか!
非礼を詫びて手ぶらで帰ってもらえるか恐る恐る尋ねると、魔物はあっさり頷いた。
どうやら昨今の不況のせいで、リストラやら倒産やらで追い詰められた人々がこぞって契約を結びたがり、魂が余っているらしい。しかも望み通り倒産を“なかったこと”にしてやっても、不況のせいでまた倒産したり首を切られたりして、「不履行だ」という理不尽な苦情が後を絶たない。サラリーマンの魂はくたびれていて人気も今ひとつ――……。
魔物はここぞとばかりに愚痴り始めた。
呼んだこちらも非があるので仕方なく聞いていたら、魔物は急に矛先を変えてこんなことを言い出した。
「あんたの魂なら買ってもいいがね。どうだい? サービスするよ」
別に売るほど困ってもいない。
丁重に断ってお引き取りいただいた。
それにしても、溺れる者がすがる藁がある世の中――というのも、考えものなのかなあ。