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売れない芸術家




 週末を利用して、木彫刻家の友人のアトリエを訪ねた。かねてから一度行ってみたかったのだが、かなり田舎の山奥にあるため、なかなかチャンスがなかったのだ。

 アトリエ内には木彫りの人形や動物が並んでおり、どれも本物と見紛う素晴らしい出来栄えだった。
 ところがよくよく見ると、どの作品も指先や足元など、部分的に彫り残しがある。
 そう言えば、彼は仲間うちでは見事な腕の持ち主として有名なのに、こんな辺鄙な場所に引きこもって制作に没頭するばかりで、展示会やコンクールには一切出品しない。
 何か関係があるのだろうか。

「どうして仕上げないんだ?」
「ああ、うん……」
 尋ねてみると、彼はちょっと言いよどんでからぼそぼそと応えた。「完成させると魂が入っちゃうからな……」
「は?」
 だがこちらの視線に気付くと、彼は慌てて言い足した。
「いや、冗談だよ。そんなわけないだろ。ええと……完成が見えてくると飽きちゃうんだよ。それだけ」
「ふうん……。もったいないな」
 とりあえずそれでその話題から離れ、ひとしきり談笑してからおいとました。

 帰りがけ、玄関脇にいた茶色い柴犬の頭を撫でてみた。
 犬の毛にしてはちくちくするし、ずいぶん堅い。温もりはあるが――そう、木の温もりというやつだ。

 彼は昔から嘘が下手なのだ。

 しかしそうすると、中でお茶を持ってきてくれた女性も彫刻か。

 道理で、画竜点睛を欠かさなければならないわけだ。
 天才すぎるのも大変だなあ。