同じアパートにメデュウサが引っ越してきた。
例の人間妖怪相互協定のお陰で、こうして妖怪が街に住むのも珍しくないご時勢なのだ。 サングラスをかけて挨拶に来たメデュウサは、素晴らしい金髪の美人だった。別に伝説のように髪が蛇というわけでもない。 「今度遊びに来てください」 彼女は菓子折りを礼儀正しく差し出し、愛想よく言って去っていった。
とは言えメデュウサなのだから、ご他聞に漏れず石化能力を持っているのは間違いない。 最初はちょっと怖くて遠慮していたが、しばらく経っても近所で犠牲者が出たという話も聞かない。ある日思い切って遊びに行ってみた。
「こんにちは……」
だが彼女がドアを開けてくれたとたん後悔した。 玄関に怪しげな石像が五体ほど鎮座ましましていたのだ。
「あらいらっしゃい、どうぞ」 硬直する私をよそに、彼女は快く迎え入れてくれた。お菓子やコーヒーも出してくれて、「やっぱり街は便利よね。もっと早く来ればよかったわ」などと気さくにいろいろ話しかけてくる。 室内には趣味のいいインテリアが配置され、石像は一つもない。異様な雰囲気なのは玄関だけだ。彼女の機嫌がよさそうだったこともあり、それなりに話も盛り上がってきたときに思い切って尋ねてみた。
「玄関の石像ってやっぱり……?」 「あっ、そうなのよ。ちょっと訊きたかったんだけど」 そう言って、彼女は背後の棚から長方形のクッキーの缶を取り出した。 中には英語教材や羽毛布団のパンフレット、洗剤、組みひも、文房具セットなどが入っている。
「急に訪ねてきて、買ってほしいって言われたんだけど……。いらない時ってどうすればいいの?」 彼女は困りきった様子で言った。 「ずっと大きな声で騒ぐんだもの。近所迷惑じゃない。“買うまで絶対帰らない”って言うから、とりあえず静かにしてもらってるんだけど……。やっぱり買わないとだめなの?」 「ああ……」 訪問販売は気にせず強気で追い返せばいいんですよ、と教えると、彼女はほっとしたようだった。 「じゃあちょっと待ってて。帰ってもらってくる」と玄関のほうに行く。
やがて数人分の男性の悲鳴と、「もうしません」「ごめんなさい」「許して」などと情けない声が聞こえ、ばたばたと足音が遠ざかっていった。
「本当に助かったわ。これからもいろいろ教えてね」 彼女には感謝されたが……。
やっぱり普通に見えても妖怪って強いんだなあ。 怒らせないように注意しよ……。
しかし今回の一件は、業者ネットワークに広く知れ渡ったらしい。 あれ以来、アパートには訪問販売がほとんど来なくなった。
今や彼女は近所でもちょっとした人気者だ。 時折ふるさとのギリシャ料理の講習会を開いたりして、すっかり地域社会に溶け込んでいる。
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