トップ - もくじ - No.221〜240 - 個別の話225


花の命はけっこう長い




 週明け、出勤したらオフィスの鉢植えが軒並み枯れていた。

 ああ、まただ……。

 うちのオフィスの観葉や花は、社長の趣味ですべて造花ではなく生きた鉢植えなのだ。しかもかなり大量にあって、水やりを怠るとすぐに駄目になってしまう。入れ替えのたびに経費もかかるしで、ちょっとした悩みのタネなのだ。
 出入りの業者には「できるだけ長持ちする種類を」と頼んであるが、なんにでも限界はある。おまけにうちのスタッフは自分も含めて出張が多く、ついほったらかしにしては枯らしてしまうのだった。

「こちらって、管理が楽で長持ちするやつってありませんかね」

 その日はたまたま家族の誕生日だった。仕事帰りに花束を買おうと立ち寄った花屋で、雑談ついでに訊いてみた。
『H・ジェンキンス生花店』というどこかで聞いたような店名のバッヂを胸につけた店員は「うーん」と考えて、奥から一つ球根を持って来た。

「これなんかどうですか。こないだ試しに仕入れてみたんですけど」
「長持ちするんですか?」
「人によりますけど、まあ普通のやつよりはずっと」
「人によるって、うちの会社にはみどりのゆびの持ち主はいないんだけど」
「あーいえいえ。これはシチヘンゲケツメイソウと言いまして。植える前に育てる人の血液をかけるんですよ。そうすると、その人が生きているうちは花が咲いてますから」

「……血液?」

「ええ。七色に変化する血の命の草で、七変化血命草」

 店員は空中に指で字を書きながらこともなげに言った。
「あと、通常は赤やオレンジの暖色系で、呪詛対象……じゃなくて本人が具合が悪くなると青くなったりしおれたりするんです。社長さんの血をたらしておけば、会社の辞めどきも判ったりして。ふふっ」

 こいつ、今ちょっと口が滑ったな。
 ってか、最後の笑い……。

「いや、やめときます」
「そうですか……」
 妙に残念そうな店員から花束(そう言えば見たことのない花ばかりだ)を受け取り、会計を済ませて店を出る。
 しかしここはいつもの通勤路だけど、花屋があるなんて今まで気付かなかったなあ。

 翌朝、店があった場所を通ると、そこは花屋ではなかった。
 いつ閉店したとも知れぬ商店跡で、風雨に晒されたフードは破れて穴が開いている。塗料のはげたシャッターには、黄ばんでちぎれかけた「貸店舗」の張り紙がしてあった。
 案の定というか……。うーむ。

 それから一ヶ月。

 店で買った花束は、切花だったにも関わらずまだ元気に咲いている。花瓶の水を替えるのを一週間ほど忘れたときはさすがに元気がなくなってきたが、取り替えたとたんにしゃきっと立ち直った。

 やっぱり、オフィス用にも何か買っておけばよかったかなあ。