インド旅行から帰ってきた友人が、お土産にカレー粉をくれた。 彼は厳重に包んだ瓶をよこして、口を酸っぱくして言った。
「本場のガラムマサラで高かったんだからな。その辺のカレールーみたいな使い方するなよ。いいか、ちゃんと作れ、ちゃんと」
なんで料理をしない人間にそんなものを買ってくるのだ……。
仕方なく、気が向いたある休日に、料理の本と首っ引きで半日がかりで作り上げてみた。 実際できあがったカレーは、素晴らしく複雑で刺激的な香りを放つ、食欲をそそる代物だった。具材が若干焦げているのは、まあご愛嬌だ。
さっそくご飯と一緒に口に運ぶと、確かに旨い。 凄く旨い。 驚くほど旨い。
……ありえないほど旨い。
インド帰りの友人に聞いたところ、あの土産のカレー粉は、市場の隅でやっていたスパイス屋で一瓶だけ他の商品の十倍以上の値で売られていたものだという。 (なぜそんなものをわざわざ土産に買うのだ) 瓶にはラベルが貼ってあり、ヒンドゥー語で原材料名らしき記載がある。数日後、図書館に行って辞書で調べてみた。
ターメリック、コリアンダー、クミン、うこん…………。 マチンシ(ストリキニーネノキ)、チョウセンアサガオ、コカ、ハシリドコロ、トリカブト、ベラドンナ――。
毒じゃん……。
冷や汗がどっと出たが、考えてみたら作ったカレーは二日かけて全部食べた。死ぬならもう死んでいる。
さすが神秘の国の神秘のスパイス――というところか。この調合に辿り着くまでに、きっと幾人も命を落としたに違いない。 なんてことを考えていたら、またカレーが食べたくなった。
やっぱり旨いなあ。
あれ、でも、なんだか苦しい……。 食べ過ぎたかな……。
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