友人のオダシマはとんでもない悪食だ。
やつは虫を喰うのが趣味なのだ。
こないだなどは、蛍を見に行ったら「ぴかぴか光って旨そうだ」と言い出した。間髪入れずにがばっと口を開けたと思ったら、近くを飛んでいた五、六匹を飲み込んでしまった。
それからしばらく、夜になるとやつの腹はぼうっと黄緑色に明滅して、「人間人魂」とみんなに気味悪がられていた。
ちなみに梅雨の間は、そこいらじゅうのナメクジやカタツムリをかたっぱしから喰っていたようだ。本人に聞いたわけではないが、やけにじめついた性格になって足をずるずる引きずりながら歩いていたから、きっと間違いない。
そんなある日の昼飯どき、やつと会って一緒に飯を食べることにした。学食に行き、俺はカレーを、やつはトンカツ定食を頼んだ。
「腹はもう光らないのか?」
「うん。あいつら寿命が短いからな」
やつは席につくなり、トンカツのつけあわせの千切りキャベツを頬張りながら言った。
「でも最近、なんか腹が減って腹が減って」
言いながらも次から次へと箸を口に運ぶ。「すまん、ちょっと」と席を立ってサラダバーコーナーに向かい、キャベツをおかわりして戻ってきた。
その後もやつは塩もドレッシングもかけずに、キャベツをひたすらもりもりと食べ続けた。やがてトンカツが邪魔になったらしく、「やるよ」と俺のカレー皿にトンカツを入れ、皿にキャベツのみをてんこ盛りにしてきては平らげ続ける。
俺がありがたくカツカレーをいただくうちに、サラダバーのキャベツはすべて空になってしまった。
どうせまた何かの虫を喰った影響なのだろうが……。
まあ、虫よりはサラダを喰ったほうがましだろう。いつものパターンだと少しすれば元に戻るので、放っておくことにした。
ところがしばらくすると、オダシマは突然学校に来なくなった。
まさか野菜ばっかり食べていたせいで、栄養失調にでもなってしまったのだろうか。
一週間経って、明日来なかったら様子を見に行こう――と思った次の日にやつは学校に現れた。
やつは特に体調が悪そうというわけでもなかったが、最後に見たときと全く様子が変わっていた。同じ人物とは思えないほど妙に垢抜けた雰囲気で、全身からモテ男のオーラが漂っている。
あっという間に彼女が数人できた上、彼女がいると判っていてもコンパの誘いが引きも切らず、出れば出たで常に主役。ひっきりなしに着信がある携帯を見せてもらうと、一枚一枚みんな違う女の子とのツーショット写真がどっさりで、電話帳も女の子のメアドでいっぱいだ。
それにしても、休んでいる間にいったい何があったのだろう。
毎日デートで忙しいオダシマとはすっかり会う機会がなくなってしまったが、別の友人と喋っていたときにやつの話題がが出た。
「なんかオダシマのやつ、一皮むけた感じだよな……」
なるほど。ひょっとするとアゲハかオオムラサキの幼虫でも喰ったのかもしれない。
葉っぱ(キャベツ)を食べて、さなぎになって、脱皮して、ついに美しい成虫が現れたというわけだ。やつの気色悪い性癖がこんな結果を生むとは思いもしなかった。まったく羨ましい話だ。
けど、友人としては心配がないでもない。
あいつって、秋口になるとやたらとカメムシ喰いたがるんだよなあ……。
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※この作品はフィクションです。
蛍を食べても腹は光りませんし、芋虫を食べてもモテ男にはなれません。虫喰いによる体調不良・友人関係のトラブルに関して、当方は一切責任を持ちませんのでご注意ください。