トップ - もくじ - No.161〜180 - 個別の話178


あんた、背中が……




 春になったのに急に寒さが戻ってきた。
 一度しまったストーブを再び引っ張り出したが、スイッチを入れても点かない。壊れた様子もないのに、どうしたんだろう。
 こんなときは下手にいじるより、本人(本機)に直接訊くのが一番だ。

「いったいどうしたんだ? 暖房器具なんだから、ちゃんと働いてくれないと」
「春が来たんだ。俺の出番はもう仕舞いさ。老兵はただ去るのみなのだよ……」
 年末に買ったばかりの新品だというのに、ストーブは妙に哀愁を漂わせて応えた。

 彼がシニカルにふっと笑うと、黒い粉が宙に舞う。

 あっ、判った。

 急いで掃除機を持ってきて、ストーブにこびりついていた黒いすすを吸い取った。
 思った通り、特に裏側がひどく汚れている。
 三月の終わりに大掃除をしながらストーブを焚いていたら、ほこりがひどくて不完全燃焼を起こしてしまった。そのまま綺麗にせずに片付けたのだった。
 ここまで背中が煤けていては、世を儚みたくもなろうというものだ。

 汚れを落とすと、ストーブはもとの若々しいエネルギーを取り戻してがんがんと部屋を暖め始めた。設定温度を変えようがファジーモードにしようが、無敵の暖房力は衰えることを知らない。

 暑い……。