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品揃え抜群




 ボタンをかがるのに珍しい色の糸が欲しくなって、よろず横丁の糸屋に行った。この横丁はコアな品揃えで有名な専門店街で、もちろん糸屋も古今東西の糸や紐なら何でも揃っているというのが売りなのだ。

 店に入ってすぐ、入口付近の縫い物用コーナーで、首尾よく飴のような光沢を持つ虹色の糸を手に入れることができた。
 目的は果たしたが、遠出して来たのにこのまま帰るのもつまらない。せっかくなので少し見物していくか。

 見てまわると、店の中はいくつかの区画に分けられていることが判った。それぞれの入口には、糸や毛糸類に始まり、「組み紐」「ゴム紐」「楽器の弦」「テグス」「肉体」「心」「絆」などと表示されている。
 前半はともかく、後半がちょっと気になったので覗いてみた。

 すると、「肉体」コーナーには神経線維や筋繊維が。「心」コーナーには緊張の糸や希望の糸があった。さらに「絆」コーナーは友情の絆、親子の絆などがある。
 なんだこれ……。

 店員を捕まえて尋ねると、親切に教えてくれた。

「困ったことがある時は、希望の糸にすがると頑張る気力が湧いてくるんです。すがりすぎると切れて絶望に真っ逆さま、ということになりますが。緊張の糸も、ぎりぎりまで張り詰めると凄い集中力が発揮できます。うっかり本番中に切れると、なし崩し的に集中が途切れますが。友情の絆はお友達との仲をより強固にしてくれますが、何かのはずみでほどけたり切れたりすると、復旧はなかなか……」

 さすがよろず横丁の店だけのことはある。完璧な品揃えというわけだ。ちなみに「絆」系の商品は、最近の世相を反映してめっきり強度が落ちているとのこと。

「そもそも買った絆に頼るほうが間違いなんでしょうけどね……」
 あまり売る気のなさそうな店員は、皮肉な笑みを浮かべて言った。

 それにしても、こんな商品をどこから仕入れているんだろうなあ。
 まあよろず横丁があるのだから、どこかによろず工場街があっても不思議はないんだけど……。