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ミスティック・バル




 仕事帰りのちょっと一杯を楽しみに、お気に入りの居酒屋に行った。焼き鳥や刺身など、いい素材を活かしたシンプルな肴が旨い店で、最近見つけて以来ちょこちょこ通っているのだ。
 しかし、その店で一つ気になっていることがある。
 通常メニューと「本日のおすすめ」が書かれたホワイトボードのほかに、カウンターの隅に「特別品」と書かれた黒板があるのだ。ところが、ここだけいつも何も書かれていない。

「あの黒板ってなんなの?」

 ちょうど今日はカウンターで座った場所が店主の正面だったこともあり、おしゃべりのついでに尋ねてみた。
 店主は岩塩をまぶした地鶏を備長炭で香ばしく炙りながら、苦笑いして言った。

「実は私、鉄砲撃ちと釣りが趣味でしてね。いい獲物が手に入ったときだけメニューに出すんですが、忙しくて最近はなかなか機会がなくて」

「じゃあ、野生のウサギとか猪とか?」
「ああ、まあそんなもんです」

 うーん、食べてみたいけど、難しそうだな。
 そう思っていると、常連らしい数名が話に加わってきた。

「おやっさん、例の妖精界で獲ったとかいうルーゲ獣の塩焼き、また食べたいな」
「俺はルルイエ魚のたたきに薬味をたっぷりきかせたやつ。忘れられないよ。あれは古生代の海だっけ?」
「いやいや、ジョリーフィンチの焼き鳥が一番だったね。アルファケンタウリなんて、おやじさんなら近いもんだろ? 行ってきなよ」

 なんだ、それ?

 いや、そんなゲテモノは、別に食べなくていいや……。