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ハロウィーンの夜に




 今日は万聖節前夜。
 別にアメリカ人でもキリスト教徒でもないのだが、一人で過ごすのもなんとなくつまらない。友人の家にふらりと遊びに行くことにした。
 ところが着いてみると、彼の家の玄関の前には柊の枝がぐるりと飾られていた。

 何か違う。

 呼び鈴を鳴らすと、かなりしてから扉が細く開いた。チェーンロックを外さない状態で、友人がこちらを覗いている。
「……なんだ、お前か」
「なんだとはなんだよ。だいたいクリスマスにはまだ早いんじゃないか」
「うん……まあ、入れ」
 友人は用心しいしい扉を開け、中に入れてくれた。
 玄関の靴箱の上には、水が入った器があった。言われた通りにそれを指で額につけて上がり込むと、彼はすかさず玄関に塩を撒いて扉を閉めた。
 さっきから歩くとじゃりじゃりすると思っていたが、塩のせいらしい。

 とすると、玄関の柊は――魔除け?

「何かに呪われたのか」
「だって今日、ハロウィーンだろ」
 友人は憂鬱そうに言った。
「去年お菓子をあげなかったら、家じゅうめちゃくちゃにされてさ」
「なんだそりゃ」
「来るだろ。お化けが――」

 そのとき、部屋の電球がまたたいて消えた。

『……ックオアトリート……』

 どこからともなく甲高い子供たちの声が響き始める。

『お菓子をくれないと……しちゃう……』
『Trick or Treat……』

『お菓子をくれないといたずらしちゃうぞ!』

「うわ〜来たあ〜」
 友人の情けない悲鳴と共に、暗闇に巨大なオレンジ色のかぼちゃや妖怪、魔女の姿がいくつも浮かび上がった。ぼうっと光ってゆらゆらと空中を飛び回る。

『Trick or Treat! Trick or Treat!!』

「早くお菓子をやれよ!」
「そこにあるんだよ! でもこいつら、幽霊だから持てないんだよ」
 うわあ。降霊術師のくせに、役に立たない男だ。

『T R I C K O R T R E A T!!』

 ひときわ声が大きくなった瞬間、乾いたラップ音と共にがちゃんとガラスが割れる音が響いた。いたずらが始まってしまったようだ。
 俺は友人に向かって怒鳴った。
「菓子だ。菓子の霊を降ろせ!」
「できるかなあ……」
 友人は自信なさげに呟いてから、座りなおしてぶつぶつと唱えた。

 彷徨えるチョコレートの亡霊よ……
 食されずして打ち捨てられしキャンディーよ……


「おい、なんだよそれ」
「だって成仏してる霊は呼べないもん」

 忘れ去られ湿気りし賞味期限切れの煎餅よ……
 毒々しき色がゆえに残されしジェリービーンズよ……
 無念のうちに溶けたるアイスクリームよ……
 来たれ、汝が代弁者のもとへ

 すると天井の一点がまたもやぼうっと光り、大量の鬼火が現れた。
 だがよく見ると、今度の鬼火の中心は飴玉やチョコレートだ。予想したような食べかけや腐りかけなどではない。どれも生前(?)のきれいな形を保っている。

『TriCk oR……――』
 お菓子の出現に気付いたのか、声とラップ音がぴたりと止む。

「ハッピーハロウィーン! 好きなだけ持ってけ〜!」

 友人の叫びと共に、仮装した子供の幽霊たちは、きゃっきゃっと歓声をあげながらお菓子を集め始めた。空中をゆらゆら漂う鬼火を、楽しげに追いかけまわして捕まえる。
 見ようによっては、かわいいと言えなくもない光景だ。

 そしてすべて拾い終えると、子供たちは闇に溶けて消えていった。

「いやあ、助かったよ」
 友人は心底安堵したように言った。
「あいつらも満足したろ。これでもう悩まされずに済む」
 それから二人で割られたグラスやひっくり返されたごみ箱を片付け、ハロウィーンのごちそうを食べた。
 パンプキンパイはまあまあだったが、デザートのかぼちゃプリンはもそもそして味気なかった。賞味期限が近かったので、魂を持っていかれたのかもしれない。
 帰り際、彼はお礼に幽霊たちが持っていけなかった“生身の”お菓子を全部くれた。

 ショッピングバッグいっぱいのお菓子をぶらさげて夜道を歩きながら、思った。
 友人はすっかり安心していたが――。

 あいつら、お菓子をくれると判ったからには、来年以降も毎年来るんだろうなあ……。

 Happy Halloween!