トップ - もくじ - No.81〜100 - 個別の話89


ふしぎ野菜




 知人の“園芸王”タカハシが、誰も作ったことのない新野菜を作り出したと連絡してきた。ジャガイモを品種改良して、芽をなくし、色を変え、形も細長くしてみたという。

「生で齧ると歯応えがあって甘いんだぜ!」

 興奮して電話でまくし立てるので、収穫を見せてもらいに行った。
 畑にあるジャガイモの枯れた茎を引っ張ると、土の中からオレンジ色の円錐形の野菜が五、六本出てきた。できかたは違うが、食べてみても味までまるっきり――。

「ニンジンだよ」

 指摘すると、タカハシはショックを受けたようだった。
 彼は子供の頃からニンジンが嫌いで、今までの人生の大半をニンジンと接触せずに過ごしてきたらしい。
「育ててみる……」
 渋々呟いて、ホームセンターに種を買いに去っていった。

 一年後、またタカハシから「今度こそ新種だ!」と電話が来た。

 なんでもニンジンを品種改良して、実野菜にして収量を増やし、赤を濃くして柔らかさと酸味をプラスしたという。

 行ってみると、ニンジンと葉は同じだが茎が一本太く伸びた植物があり、先に赤い実がたわわに実っていた。
「柿みたいな形だろ?」
 得意げに言ったタカハシから受け取って齧ると、見た目通りの爽やかな酸味が広がった。

「トマトじゃん」

 指摘すると、彼はとたんに自信なさげな表情になった。
「やっぱりそう思うか……」
 もちろん、トマトも彼の嫌いな野菜の一つだ。

 さらにしばらくすると、今度は「トマトから根野菜を作ってみた」と言ってきた。

「大きなニンニクみたいだけど、辛味があってシャキシャキするんだ。でも刻んで炒めると甘くなって、カレーなんかにぴったりだ……」
 だがその言葉はいまいち歯切れが悪い。見る前になんとなく判った。

「タマネギとは違うわけ?」

「…………」
 タカハシは無言で電話を切った。

 でもある意味、野菜の錬金術師だよな……。

 ところが話はそれで終わらなかった。
 その数年後、タカハシの“ジャガニンTT”なる品種改良作品種が市場に出回り始めたのだ。

 彼はなんと、種芋一つでジャガイモ、ニンジン、トマト、タマネギが作れるスーパー野菜を創りあげてしまったのである!

 まず、「これだけでカレーとサラダの材料が揃う」として家庭菜園や学校向けに大ヒット。
 次いで、痩せた土地でも育ち、収量も多いことに目をつけたNGOが、発展途上国に農作物として持ち込んで、大きな成果を上げた。
 さらに省スペースで複数の野菜を入手できることから、国際宇宙共同開発機構がスペースコロニーや月面基地での栽培食料として採用した。

 ジャガニンTTはできた野菜を種芋にしたり種を採って栽培しても、二世代めはどれか一種類しか実を結ばなかった。そういった方面に疎いタカハシは特許をとっていなかったが、彼の作った種芋からしか育たないため、注文が殺到した。
 ある日ついにタカハシが泣きついてきた。
「忙しくて死にそうだ……」

 仕方なく、彼の代わりに手続きをして特許を取得してやった。
 すぐにとある大企業から打診があり、ライセンス契約を結んで種芋の製造法を教えた。

 そして今、タカハシの手元には巨万の富が転がり込み続けている。

 結局、彼は本物の現代の錬金術師だったわけだ……。