トップ - もくじ - No.61〜80 - 個別の話79


ほんきぃとんくスシ




 回転寿司を食べていたら、突然回っている寿司やネタがしゃべり始めた。

 何周したのか判らないようなイカと河童巻きが、「目が回ったよお」「海苔まで乾いちゃったよ」とこぼし合う。
 本日のお薦めなのに、タイミングを逃して周回モードに入ってしまったボタンエビが、直角のコーナリングで悲鳴をあげている。
 コーンマヨネーズは「俺、こんなところに居ていいのかな……」とツナマヨに相談し、「気にするなよ、あっちなんか逆輸入なのに大きな顔してるじゃないか」とカリフォルニアロールを示して慰められている。

 そして寿司ネタの王様、マグロ一族でも仲間割れが発生していた。
 赤身とヅケが、「いいよなあ、大トロ様は。回らなくても注文握りですぐ食べてもらえて」と愚痴り、「そうですよね」と相槌を打ったネギトロを、「軍艦野郎は口出すな」とあしらっている。

 一方、ケースの方も黙っていない。
「寒い! いつまで待たせるんだ。さっさと握れ!」とアワビが癇癪を起こし、ウニは「あの客、先刻からサーモンばっかり食べてるわ。貧乏ねえ」と小馬鹿にしたようにとげとげしく笑っている。
 高級ネタが多いせいか、なんだか高圧的だ。

 頭を振ったりたたいたりしてみたものの、声は止まらない。異変に気付いた友達が「どうした?」と訊いてきたが、「いや、それが……」と言いかけたところで店員が飛んできた。

「お客様、ちょっとこちらへ……」

 案内されて店の奥に行くと、店長に平謝りされた。
「申し訳ありません、実は本日のネタにソロモン環魚が紛れ込んでいたようでして……」

 ソロモン・リング・フィッシュ。

 南セロ海の海溝深くに棲む深海魚だ。
 魚と言っても、ねじれたリング状の形をしており、頭がどこなのかもはっきりしない謎の生物だ。ごく稀に海上に上がってきて網にかかるというが、食べられるとは聞いたことがない。
 まさか名前通り“ソロモンの指輪”(対寿司)だったとは。

「さばいて切身にしてあったので、若い者が太刀魚と間違えてしまったんです。本社から連絡が来たときにはもうお客様が一枚お召し上がりになっておりまして……。何かご不調でもございましたでしょうか……?」
「あ、いや……」
 まだ頭が混乱していてとっさに首を横に振ってしまったが、店長はお詫びに今日の会計を無料にしてくれた上、一万円分の寿司券もくれた。
 とにかく、突然ノイローゼにでもなってしまったのかと思ったが、違うと判ってとりあえずほっとした。

 店を出るときも、寿司たちはまだおしゃべりを続けていた。
「まあ、あの客無銭飲食よ」
「あと一周でゴミ箱行きだなあ……」
「うわっ、あんた醤油つけすぎだよ、俺は淡白な旨みが身上なのに」
「来世は回らない寿司屋のネタになりたい……」

 帰りにスーパーに寄ったときには、さすがに声は聞こえなくなっていた。

 だがしばらくはあのおしゃべりが思い出されて、魚を食べる気にはなれないに違いない。せっかくもらった寿司券だが、使うのは当分先のことになりそうだ。