トップ - もくじ - No.61〜80 - 個別の話68


日本の夏、伝統の夏




 世間はお盆。

 友人たちもほとんどが帰省して、実家で正しい日本の夏を過ごしている。だが貧乏学生の俺は、夏休み返上で毎日バイトに明け暮れていた。
 そんなわけで、その日も俺がへとへとになってアパートに戻ったのは、夜の十時も回ったころだった。
 ところが発砲酒の缶を開けて一息入れていると、ドアをノックする音がした。こんな時間に誰だろう?

 玄関に出ると、宇宙よろず屋が立っていた。
「おばんでございます。何かご用命などはございませんでしょうか」

 あああ、こいつか……。

 この宇宙商人は、いつぞや俺が興味本位でうっかり泥棒よけの異次元ロック(原理不明)を買ってしまった後、ちょくちょくやって来るようになったのだ。
「いや、別に……。金もないし」
 俺はドアを開けたことを後悔しながら応えた。
 はっきり言って宇宙よろず屋の商品は、ほとんど役に立たない。
 例えば異次元ロックを取り付けた扉は、開くと家の中ではなく異次元に繋がるようになっていた。ある日、帰宅したときに解除を忘れて扉を開けてしまい、危うく自分が次元の狭間に墜ちそうになってしまった。
 そもそも泥棒が墜ちたって、それはそれで冗談にならない。宇宙の最高科学水準で造られた便利グッズの数々は、地球人には効果が過剰なのだ。

 だがよろず屋は毎度のことながら、こちらの応えなぞ聞いていなかった。勝手に部屋に上がりこみ、猛烈にまくし立てはじめる。

「ございませんか? ございますでしょう。世間一般のみなさまはジッカにキセイしてオボンヤスミを満喫しているというのに、こんな時間までオチュウゲンハイタツノアルバイトを」

 いかにも耳慣れない単語を口にするように、変なイントネーションでよろず屋は言った。最近、奴は奴なりに地球の文化を研究しているらしい。
 そう言えばこないだは、五月五日に宇宙服みたいな“ヨロイカブト”と、勝手に屋根より高く空を泳ぐ“自走式コイノボリ”を売りに来た。
 だとすると、今回も売りつけたい商品がもう決まっているに違いない。

「判った判った。で、何を持ってきたんだ?」
 面倒くさくなって言うと、よろず屋は我が意を得たりとばかりに大きく頷いた。
「こちらでございます」

 鞄を探り、取り出したもの――それは、金属製の小さな仏壇だった。

「オボンに帰郷してハカマイリができないかたも、居ながらにして先祖供養が行える画期的商品です」
 先祖供養だけ突然滑らかによろず屋は言った。

 っていうか、宇宙人のくせに仏壇仏具のキャッチセールスかよ。

 こちらの、いかにもうさんくいものを見るような視線に気付き、よろず屋は自信ありげな笑みを見せる。
「当方の品に間違いはございません。この中心のゴホンゾン型感応センサーに向かって念じれば、必ず供養すべき先祖の霊が星幽界よりやって来るのです! つまりこれさえあれば、遠い故郷に戻って、予定も定かではない霊を待つ必要など全くございません。どうです、素晴らしいでしょう」

 ……先祖の霊が現れるって、いや、あんた。

 どうやら最先端宇宙科学においては、霊魂の原理まで解明されているらしい。それより、霊ってほんとにいるの……?
 それからしばらく押し問答になった。
 よろず屋はかなりねばって科学的幽霊発生装置をプッシュしたが、偽物だと腹立たしいし、本物だと洒落にならない(怖い)。

 こちらの断固とした拒否に遭い、さしもの宇宙商人も最後には販売を諦めた。だがほっとしたのも束の間、続けて「これ、地球用にカスタマイズとチューニングがしてありまして、他では売れないんですよ。差し上げます」などと言いだした!

 だから怖いんだってば!

 今度ばかりは受け取れないと拝み倒して、どうにか鞄にしまわせた。
 まったく、これじゃ本末転倒だ。
 いったいこいつは何しに来たんだろう……。

「ではまた参りますので、その節にはぜひとも何かお買い上げを」
 宇宙よろず屋は礼儀正しく言って一礼してから、窓際に呼び寄せたUFOに乗り込んで去っていった。

 頼むから、もう来ないでくれ……。
 夜空の彼方に消えた確認済み未確認飛行物体を見送りながら、ため息をつく。なんだかどっと疲れが出てきた。今日はもう、風呂に入ってさっさと寝よう。
 そして窓を締めて振り返った俺の目に、ちゃぶ台の上に鎮座する物体が飛び込んできた。

 飲みかけの発泡酒と、鈍く光る金属製のミニ仏壇――。