トップ - もくじ - No.41〜60 - 個別の話59


the Ninja




 忍者になった友人と久々に会った。
 彼は昔は一緒に魔法使いになる夢を語り合った仲だが、実現性の薄い魔法使いへの夢をいつしか諦め、困難ではあるが不可能ではない忍者への道を選んだのだ。

「それで忍術はマスターしたのか? 隠密術とか、水遁とか」
「おう。見るか?」
 彼は顔の高さで印を組み、何事か唱えた。

 次の瞬間、彼の姿が滲んで数体に分裂した。
 見事な分身だ。

 にしても、いきなり分身かよ……。
 分身は高速移動による残像を見せる――という術だが、それはあくまで漫画やアニメの世界の話だ。正直言って現実的には人間に可能なことだとは到底思えない。
 彼は一人に戻るとにやりと笑った。

「どうだ? 完璧だろ。水上歩行だってできるぜ」
「あの水蜘蛛ってやつ? あれは沼堀を渡るもんだろ?」
「いや、この草鞋のままさ」
「いくらなんでもそれは無理だろ」
 半信半疑で言うと、彼は自慢げに言った。

「だって俺は忍者だぜ。それぐらいできて当然じゃないか。血の滲むような訓練を積んだ末にマスターしたのさ」

 彼の説明によると、ただ水に踏み込んだだけでは確かに沈んでしまうが、印を組んで集中して、呪文で気合を入れると歩けるようになるのだという。

 その後さらに彼は木の葉隠れと変身の術を披露してくれた。
 どちらも印を組んで呪文を唱えると、風もないのに木の葉が舞い、あるいは煙が出て彼の姿がガマガエルに変わった。

 本当にこんな忍術が存在するのか。どうしても気になって、別れ際にどこの忍びの里に所属しているのか訊いてみた。
 だが彼は首を横に振って言った。
「いや、独学だよ。忍者社会ってけっこう閉鎖的でな。余所者の俺みたいなのが急に仲間に入れてくれって頼んでも、受け容れてくれないんだ」
「そうか……」
「まあこれからも腕を磨いて、どこかの小さな自治体の公儀お庭番でも目指すさ。じゃあな。光に生きるお前と拙者では、もう会うこともあるまい。さらば」

 そして彼は印を組んで気合を入れ、自分が投げた手裏剣に飛び乗って空の彼方に消えた。

 ……あいつの忍者の知識って、きっと漫画やアニメや香港映画あたりから仕入れたんだろうな。
 あれじゃあ、まるっきり魔法使いだよ。