トップ - もくじ - No.41〜60 - 個別の話52


栄光は誰の手に




 ある日の朝、友人から電話がかかってきた。総合異種格闘技戦の試合チケットを手に入れたから、一緒に観に行こうというのだ。ネットオークションを見ていたら、たまたま近所でやる試合の当日チケットが、ペアで格安出品されていたのだという。

 夕方に待ち合わせて、駅前で出品者からチケットを受け取って会場へ向かう。チケットに印刷された大雑把な地図に頼って行くと、やがて駅裏の怪しげな雑居ビルに辿り着いた。

「本当にここか?」
「うん、そう書いてある。ここの地下らしい」

 切れかけた蛍光灯の明かりを頼りに薄暗い階段をしばらく下ると、突き当たりに錆びた鉄の扉が現れた。扉の向こうから、地鳴りのようなくぐもった歓声が聞こえる。
 どうやら間違いないようだ。
 扉を開けると同時に溢れ出した熱気に満ちた声に紛れ、そっと会場に滑り込む。

 リングを見ると、まさに熱戦の真っ最中だった。
 銀色に輝くぴったりとしたボディスーツに全身を包んだ細身の格闘家と、対照的に岩石を組み上げたような身長五メートルをゆうに超す相手が烈しく技の応酬を繰り広げている。

 ……いやちょっと待て、相手おかしいだろ。

 目をこすってよく見ようとした瞬間、銀色の格闘家の両腕がありえないほど伸びた。
 岩石マンの巨体をあっという間に四、五周してぐるぐる巻きにして、そのまま持ち上げて場外に投げ落とす。岩石マンは地響きをあげて床に落ち、下敷きになった右腕が砕けてもげた。
 やはり明らかに石っぽい。というか、石そのものだ。

 そのまま岩石マンは動けず場外リングアウト負け。銀色の格闘家の勝利となった。
 元の長さに戻った腕を高らかにあげる銀色男の肌は、汗でてらてらと光っている。ボディスーツではなく、あれが素肌のようだ。
 一方負けた岩石マンはよろよろと立ち上がって、自分の腕のかけらを拾い集めて去っていった。
 高らかなリングアナウンスが次のカードを告げる。

「続いては本日のメインイベント! 竜骨座カノープス系は三つ首が竜王・ヴェルリタスvs.銀河系外星雲M104から来た狂戦士、ロードオブフィアー・バーディードードゥ!」

 そして派手なスポットライトを浴びながら、それぞれのコーナーから選手が入場してきた。三つの長い首をくねらせたドラゴンと、いわく言い難い悪夢のような形状をした化物だ。
 試合は互いの実力が伯仲し、凄まじい展開になった。
 組み合えば互いの肉体を齧り取り、或いは消し飛ばす。離れると竜王が火を吐き、狂戦士は六つの目から光線を放つ。

 最終的には竜王ヴェルリタスが首を二つまで失いながらも、狂戦士バーディードードゥを次元の彼方に封じ込めた。

 それで本日の試合は全て終了だった。
 熱狂覚めやらぬ会場を後にするとき、次回の試合の予告が流れていた。

「次戦は銀河標準暦25月4日、開催地は獅子座レグルス系第八惑星イズーのキャスチャ共和国マロメッツ州サイ市中央宙港西通り三丁目……」

 数日後、同じ場所をいくら探してもその雑居ビルは見つからなかった。

 チケットの半券は取ってあるが、あれが現実だったのか夢なのか、今でもよく判らない。