車で日帰り出張に行くことになったので、道中聴こうとお気に入りのジャズをカセットテープに録音した。
だが道のりは一般道を片道五時間。 素晴らしい曲とは言え、三回も聴いたらさすがに飽きてきてしまった。峠越えの連続でラジオも入りにくいので、仕方なくそのままエンドレスで流し続ける。
ところが目的地近くになったころ、聴いていてふと違和感を感じた。
とある曲の中ごろ、サックスの巨匠による魂を塗りこめたような名アドリブが、別の旋律に変わっている……。
始めとラストのテーマの部分は変わっていない。 するとこれは、テープによるアドリブ演奏なのか? テープも曲に飽きてしまったのだろうか。
うーん、奇跡だ。
……にしても……。
へったくそだなあ。
しかしその後、“彼”の演奏は再生を繰り返すたびに、めきめきと上達していった。 そして家に辿り着くころ、ついに鳥肌が立つような凄絶なアドリブが完成する。原曲に勝るとも劣らぬ、まさに入魂の名演だ。
これは保存せねばと思ったが、レコーダーに入れ替えてダビングしようとしたテープからは、もはやいかなる音も鳴らなかった。テープ自身も満足して、燃え尽きてしまったようだ。 同僚やジャズ好き仲間に話しても、「テープが伸びたんじゃないの」「妄想が過ぎるよ」と誰一人まともに取り合ってもらえなかった。
だが“彼”の魂の叫びは、今も私の心に焼きついているのである。 |