トップ - もくじ - No.201〜220 - 個別の話210


お役所仕事




 買物先から戻る途中、通り雨に遭遇した。

 喫茶店で雨宿りしてから外に出ると、日が差して綺麗な虹がかかっていた。完璧な半円のアーチが青空に浮かび、色もくっきり鮮やかだ。
 これほど見事な虹は珍しい。写真に残したかったが、家まではまだしばらくかかる。思い切って虹に頼んでみた。

「カメラ取ってくるまで、しばらくそこで待っててもらえませんか」
『んー』

 七色の虹は音階が一つずつ違う声を重ねて応えた。

『俺らに言われても気象条件の問題だから、無理なんだよな。太陽さんに頼んでみたら?』

 そこで振り返って太陽にお願いした。
「虹、しばらく出しておいてもらえませんか」
 太陽はゆらゆらと陽炎を揺らめかせて首を振った。

『儂が出しとるわけでもないからのう。それ、お前さんの周りの大気にでも訊いてみてはどうじゃ』

 仕方なく空を振り仰いで言ってみた。
「虹が出るように、しばらく湿気を保ってもらえませんか」
 空気は湿っぽく応えた。

『私たちに言われても、太陽が出てれば乾いてきちゃうからね。もっかい雨降らしてもらえば?』

「雨雲さん……」

『海からもっと湿った風が来ないと……』

 虹も太陽も大気も興味深そうにこちらを見ていたが、どこに頼んでもたらい回しで埒が明かない。
 最後はけっきょく諦めて、「もういいです」と彼らに伝えた。

『まあ気を落とすなよ。いつかまたな……』

 消え行く虹の完璧な七重奏のハーモニーを背に、とぼとぼと家に帰った。やっぱり自然現象を写真に残すのは難しい。

 だが翌日学校に行くと、友人たちに次々と携帯やデジカメに写る見事な虹の写真を見せられた。
「鮮やかなまま、ずいぶん長く出てたよな。俺なんか慌てて家にカメラ取りに行ったけど、余裕で間に合ったよ」
「……」

 そう言えば、自分があちこちに交渉している間、虹も太陽も大気もずっと結果を待っていた。

 待って……。

 待てるんじゃん!

 くそ。
 貧乏くじ引いちゃったなあ。