トップ - もくじ - No.181〜200 - 個別の話188


羽根は天上のまわりもの




 知り合いの家に遊びに行ったら、突然、天使の羽根の使い道について相談を受けた。

「こないだ天国に行ったら、ちょうど天使の翼が冬毛から夏毛に変わる時期でさ。抜け落ちた羽根をどっさりもらったんだ。何かに使えないかな」

 彼の名はタカマガハラカムト。高天原の神人という妙に偉そうな姓名のお陰か、なんとなく天の眷属と仲がいいのだ。時折天界に遊びに行っては、不思議なものを持ち帰ってくる。
 しかし天使の翼にも夏毛とかあるのか。まあいいけど。
 そうだなあ。羽根の使い道となると……。

「羽根ペンは?」
「天使の羽根に黒いインクを吸わせようってのか? 冗談はよせよ」
「フライフィッシング用の毛針のマテリアル――ええと、材料」
「釣りか? 殺生目的の利用はまずいよ」
「いや、フライは的確なパターンのフライタイイングとマッチングザハッチで、いかに釣るかが目的のスポーツフィッシングであってさ。基本的にはキャッチ&リリースだぜ」
「わけ判んないけどさ」
 俺の親切な説明をあっさり切り捨て、彼は言った。
「どっちみち、釣り上げるときに口に針が刺さるだろ。たぶん多少は聖気が残ってるだろうしなあ。魚が寄って来るかな」

「慈しみの心に釣られて――は無理か。じゃあ布団や枕は? 天使の羽布団に天使の枕。なんとなく高級そうじゃん」
「おっ。それいいかも。やってみるよ」

 しばらくして、様子を見に彼の家を訪ねてみた。
「どうだい? 天使の安眠グッズの売れ行きは」
 だが出迎えた彼の表情には、いまいち冴えがない。
 俺を案内して工房に向かいながら、カムトはお手上げだとでも言わんばかりに頭を振って言った。
「駄目だ。製造コストに合わない。ダウンだったら高く売れるんだけど、天使の羽根って全部フェザーなんだ。ほら」
 彼が投げてよこした枕は、羽根の先がところどころ飛び出て、ちくちくした手触りだった。こんな枕や布団では、安眠どころか寝心地悪いに違いない。

 それになんだろう。
 異様なまでに軽くて冷たいが……。

 俺の疑問に応えるように、カムトはぶつぶつと愚痴をこぼした。
「しかもフェザーのくせにスカスカで、ちっとも暖かくないと来てる。もとが半分霊力を物質化したものだから質量もほとんどゼロで、扱いにくいったらありゃしないし。まあ、それでたいして羽ばたかなくても飛べるわけなんだけど」
 言いながら近くの袋から一つかみ取り出した。頭上に差し上げてぱっと手を開く。
 見上げた先で、白い羽根は空をふわふわ漂った。
 昇っていくわけではないが、落ちてくる気配もない。
「断熱しない理由はよく判らないけど……。そう言えばいつもひんやりしてるなあ。温度差で空気をかき回して風を起こしてるのかな」
「ふうん。冷たいんじゃ、ネックフェザーみたいなアクセサリーにするにもいまいちか。案外使えないな」
 彼は深々と溜め息をついた。
「まったくだ。天使の羽根がここまで役立たずだとは思わなかったよ……」

 けっきょく、残った羽根は廃棄することにした。
 週末に二人で海に行って、外海に臨む展望台で袋の口を開く。
 そのとたん、白く輝く霞が袋から吹き出した。風に巻き上げられた大量の羽根が、タンポポの綿毛のように軽やかに舞い、蒼天に消えていく。
 こうして天使の羽根は、天の彼方へ還っていった。

「なあ、あれって、放っとくとどうなるんだ?」
 たゆたいながら遠ざかる光の帯を見送りながら訊くと、カムトはちょっと首を傾げて応えた。
「風に揉まれるうちに分解されて、雲になるらしいよ。気流の関係で、雲が吹き溜まったところが梅雨やら雨季になるってさ」
「それって、そもそも持って来たらまずかったんじゃないか」
「梅雨ってじめじめして嫌いだもん」
「お前な……」

 その次の次の次の日。

 南の地方のかなり広域に渡って、梅雨入りが発表された。