通勤のバスを待っているとき、ふと電柱に貼ってある大量のピンクチラシや消費者金融のビラに混じった、黒いビラに目が止まった。 「よろず願い叶えます。低命利」 とあり、携帯の連絡先が記されている。
どうせ街金の一種だろうが、「低命利」だなんて変な誤植だなあ。
職場で同僚にその話をすると、「えっ、どこで見たの!?」と食いついてきた。 聞けばそのビラの文句は間違いではなく、サラ金ならぬ“サラ命”のものなのだとか。 と言っても命を借りるというわけではない。悪魔と交渉して、魂を担保にちょっとした願いを叶えたりできるという。規制緩和で魔界との取引が簡単になり、取扱い業者が増えているという話だ。 同僚はとある望みがあって、サラ命を利用したいらしい。 場所を教えてくれと迫られたが、なんとなく不穏な空気を感じたので、うやむやにごまかした。
昼休みにネットでサラ命について少し調べてみたら、怖い話がたくさん出ていた。 多重魂債務状態が契約時に悪魔にばれてしまい、その場で魂を持っていかれてしまった事件。きちんとしたノウハウのない悪徳業者に引っかかり、寿命が縮まるだけで終わってしまった例等々……。 「自己破魂」に到っては、死なずに済むというだけで、要は命があるだけの廃人だ。 つまりろくなことにならないのだ。
あのチラシは、剥がして捨ててしまったほうがよさそうだ。 そう思って帰りにバス停で探したが、もうなくなっていた。
そういえば同僚が早退したが、まさか……。
その後、例の同僚は競馬や宝くじをたて続けに当て、急に羽振りがよくなった。さらに彼と折り合いの悪い上司が突然違う部署に異動し、ライバルが体調を崩して会社を去る。 その一方で、彼自身も目が落ち窪んで頬もこけ、なんだか倍も老けてしまったようだ。
大丈夫かなあ、あいつ。 確かめたいし忠告もしてやりたいが、怖くて迂闊に近寄れない……。 |