トップ - もくじ - No.121〜140 - 個別の話126


歳末商戦戦争




 師走に入り、何かと入用だが金がない。
 そんなときにちょうどお歳暮配達のアルバイト募集のチラシが入ってきたので、ひと稼ぎすることにした。
 指定された場所に行って、小汚いアパートのドアをノックする。

「どうぞ」
 ドアを開けると、そこは見たこともない機械がずらりと並んだ、無機質な金属の壁に覆われた部屋だった。
「あっ、アルバイトのかたですね!」
 呆然と立ち尽くしていると、窓際にいた人物がいそいそとやって来た。

 青い肌の宇宙人は勢い込んで言った。

「いやあ、統一宇宙暦採用になってからこのかた、我が宇宙よろず屋商会もお歳暮シーズンはてんてこ舞いなんですよ。どうぞよろしく」
「――」
 俺は無言で回れ右をした。

 だがその瞬間、宇宙人の腕がひゅるりと伸びた。立ち去る暇を与えず、ドアを閉めようとした俺の腕をがっちり掴む。
 宇宙人はゴムチューブか何かのような、関節のない腕を縮めながら近寄ってきて、必死の形相で言った。
「アルバイト代は弾みますから、ね、ね?」
「いやちょっとあの」
 こちらの言葉など完璧に無視して、よろず屋は凄い力で俺を室内に引きずり込んだ。
 背後で「ぷしゅー」と空気が抜けるような妙な音を立ててドアが閉まる。
 窓の外をちらりと見ると、暗黒の向こうに鮮やかな青い色をした惑星が浮かんでいた。

 昼下がりにしてはいやに暗いと思ったら、宇宙空間だったのだ!

 しばらく抗議したが、宇宙人は「そこをなんとか」と言うばかりで、地球に返してくれそうにない。

 けっきょく、そのまま宇宙よろず屋のお歳暮配達を手伝うことになってしまった。

 幸いというかなんというか、仕事自体はそう複雑ではなかった。
 注文を受け、商品をメーカーや生産者に発注し、相手先に運ぶ。まあつまるところの、お歳暮の受注と配達だ。
「レグルス産のササクレポテトのピクルスをデネブ星系のチャモルルピッテン氏に、シリウスのメニャメニャ社製珍味セットをポルックス星系のマハーカルテン氏に、M78星雲のウルトラ変身グッズを太陽系第三惑星の吉田氏に……」
 ただ配達距離が何百光年もあるせいもあり、確かに目が回るほど忙しい。
 最初、肌が青いのかと思っていたよろず屋は、実は激務と寝不足で血の気を失っていたらしい。近ごろはひどくやつれて、目もうつろだ。

 そして暮れも押し迫った頃。
 ついに最後のお歳暮を天王星に届け終えた。

 やれやれ、これでやっと家に戻れる……。

 とりあえずバイト代をもらおうと、宇宙よろず屋の姿を探した。ところが彼は船内のどこにも見当たらない。
 しばらくして、突然通信が入った。
 出ると、針金のように痩せ細った宇宙よろず屋が画面に現れた。
「どうもお疲れさまでした……」
 体つきよりもなおか細い、消え入りそうな声で青い宇宙人は言った。
「ところで、私はこんな状態ではもう仕事を続けられません。バイト代がわりに宇宙よろず屋商会の看板とそのスペースシップはあなたに差し上げますので、あとはどうぞよろしく……」
「はあ? ちょ、ちょっと!」
 そう言えば、背後に映る場所に見覚えがある。
 あれは――。

 配達用の高機能スタースクーターだ!

 逃げやがった!

「じゃあ、お元気で……」
 通信は途絶えた。

 茫然としていると、再び通信コンソールで着信を示すランプが点滅した。
「この野郎!」
 ボタンを叩くようにして繋ぐと、石を組み上げて適当に目鼻を彫ったようなごつい顔が映った。
 もちろん奴ではない。
「……ません! よろず屋さんですか?」
 言葉の頭が切れていた。音声回路が繋がるより早く口を開いたらしい。洞窟に音が反響するがごとき殷々とした声に似合わぬ、切羽つまった調子でまくし立てる。

「私ベテルギウス星系ガジェ星のガゴーファ・ビゴウと申します。お歳暮を送り忘れたんです!」

「――」
「取引先の大のお得意様なんです! ほかの業者にはもう間に合わないって言われて!」
「あの実は」
「こちらだけが頼りなんです!」
「ですから……」
「どうにか、どうにかお願いできませんか?」
「……」
「後生ですから!」

「……判りました……。では送り状の入力フォームをお送りしますので、ご希望の商品名と相手先、お届け指定日を入力して返信してください……」

 そして俺は今日も愛機を駆り、宇宙を駆け巡っている。

 俺は宇宙よろず屋。

 我が前に広がるは星の大海……。