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雲を売る男




 近くの空き地に雲売りがやって来たので、買いに行くことにした。

 雲売りは、その名の通り空の雲を切り取って売る。

 これっぽちも元手のかからないべらぼうな商売だが、特殊な技術が要るためそれなりの需要がある。
 例えば雲を混ぜ込んだシフォンケーキなどは、卵白のメレンゲで作ったものなぞとはふんわり感が全然違うのだ。

「すいません、雲を3モフホムください」
「はいよ。何に使うんだい」
「ペットの獏(バク)が最近重い夢ばっかり食べてるせいで、胃がもたれてるみたいだから」

 すると雲売りのおやじは、長い柄の先に針金製の輪っかが付いた道具を取り出した。ちょうど、網の付いていない捕虫網のような雰囲気だ。それを振り回して雲を絡め取り、茶色い紙袋に三すくい分流し込む。

「今日のは雨雲でちょっと水っぽいから、獏にやるなら湿気を取ってからにしたほうがいいよ。一応シリカゲル入れとくから」
「判りました」
「じゃあ、3モフホムとシリカゲルで900円」
「はい1000円。おつりはいいです。ところで南のほうはどうですか」
「晴天続きでねえ。雲も乾いてすかすかになっちゃって、商売上がったりだよ」

 雲売りはそう言ってお金をしまってから、割り箸を一膳取り出した。
 その辺に漂う雲の切れ端をくるくると巻き取って、粉砂糖をふりかけてこちらに寄越す。

「はいよ。これはおまけ」
「ありがとう」

 歩きながら食べた雲のお菓子は、口に入れると淡雪のようにすうっと解けた。わたあめとマシュマロを混ぜて、さらに軽くしたような不思議な食感だ。

 おいしかったのでもっと食べたいと思って引き返したが、空き地に雲売りの姿はなかった。集めた雲に乗って、またどこかに行商に行ってしまったのだろうか。
(もちろん、そういうはぐれ雲のような人間でないと、雲売りにはなれないのだ!)

 うーん、残念。
 今度見かけたら、もう少し自分用にも買わなくちゃ。