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都心付近の動く家




 友達数人と共同で家を借りることにした。
 不動産屋で条件を伝えて尋ねると、対応に出た営業マンが「ちょうどいい物件がありますよ!」と意気込んで言ってきた。
「とにかく自由に動きますから。毎日楽しくて、お友達と住むならぴったりですよ。今なら駅から徒歩三分でこのお値段!」
 差し出された写真と図面を見ると、風情のある洒落た洋館だ。間取りを自由にできる感じではなかったので彼の言葉に少し引っかかったが、広さはちょうどよさそうだし、立地もいい。
 だが「じゃあ、友達と相談してから」と言うと、営業マンは渋い顔をした。「明日まであるか判りませんよ。今すぐ契約したほうが……」
 そう言われても、一存では決められない。そんなに急がなければならないような物件とも思えなかったので、とりあえずその日は契約せずに帰った。

 だが翌日、友人の一人と不動産屋に行くと、対応した昨日と同じ営業マンがむっつりと言った。
「もうありませんよ。だから言ったのに」
「売れちゃったんですか?」
 尋ねると、地図を出してある一点を示す。
「今日はここにあるみたいだから、サイトウ不動産さんに行ってみたら?」
 と、わけの判らないことを言う。

「は?」

 首を傾げると、同行していた友人が「あっ」と声をあげた。
「ひょっとして動く家?」
「そう言ったじゃないですか。昨日までは一週間ぐらいうちの地所にいたのに」
 営業マンはぶつぶつとこぼした。
 自由に動くとか今なら徒歩三分とか、なんだか変な営業トークだと思ったが、そういうことか。
 彼が示した“今日の場所”は、入り組んだ路地の先にあるごちゃごちゃした住宅地の中だった。どの駅に行くにも、徒歩で二十分以上はかかりそうだ。

 物好きな友人はサイトウ不動産に行きたがったが、この次の行き先が通勤通学に便利な場所だという保障もない。営業マンをなだめて別の物件を紹介してもらって、そこに決めた。